山と溪谷社から刊行されている、『定本 黒部の山賊 アルプスの怪』を読んだ。北アルプス最奥部・黒部川源流域の山小屋、三俣山荘などの経営者、伊藤正一よる山岳名著。
旧版は50年前の1964年に実業之日本社より刊行され、その後1994年に新版として復刊されたが、近年では北アルプスの山小屋でしか入手ができなくなっていたという幻の名作。その本が、著者による当時の写真やあとがき、寄稿などを含め、定本として今年の2月に2度めの復刊となった。
時代はまだ戦後まもない混乱期。北アルプス最奥部の山小屋での、山賊と噂された猟師たちと著者との交流を描いた作品。まだ未開だった頃の秘境黒部。近づく人間を山が拒んでいるかような自然の厳しさと、こういうところだからこそどんな伝説でも信じられ、なんでも起こりそうな摩訶不思議さ。
帯にちりばめられた、カワウソ? 埋蔵金 セメントを練る音? 山ぼけ オーイオーイの声 女性の声が…… 易者 狸が化かす いちばん不思議だった話 火の玉 人を呼ぶ白骨
などといった不思議な言葉たちが、この本をよく物語っている。
もし山登りが趣味だったら、読了後はまよわず北アルプスに登っていただろう。そうでなくとも、いつかは登ってみたくなる一冊。その際には、山で「オーイ」という声がしても、決して「オーイ」と返事をせずに「ヤッホー」と言うようにしなければ……。
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